かまいたち濱家さんが幼い頃、実家はとても貧乏でした。
父親が出て行ってしまい、母親がパートとして働きながら女手一つで育ててくれたのですが、金銭的に厳しく苦労したエピソードが色々とあります。
かまいたち濱家さんの貧乏エピソードや、父親・母親についての情報をまとめました。
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かまいたち濱家の実家の貧乏エピソード

かまいたち濱家さんが物心ついた時から実家は貧乏でした。
父親が反社会的な仕事をしていた人だったようで、家には滅多に帰って来ず生活費も家に入れることはなく借金までしている始末。
濱家さんが小学2年生の時に両親は離婚しました。
母親が昼夜掛け持ちでパートとして働くものの、借金を抱えながらお姉さんと濱家さんの子供二人を育てるにはお金が足りず相当苦労されました。
実家の貧乏エピ①食事は粉中心
お金が足りずお米を買うことができないときは、濱家家ではうどん粉(小麦粉)でお腹を膨らませるのが定番でした。
よくスイトンが食卓に並んでおりそれが日常だったわけですが・・・
小学校の社会の授業で「戦後時代の貧しい人はスイトンを食べていた」と先生が紹介してショックを受けたそうですw

お好み焼きもいつも具なしで、醤油で味付けしただけのものだったようです。
“夜会”で濱家さんの実家を訪問した際には、母親が当時の食事を再現してくれました。

なんと一人当たり100円で作れてしまいます!
実家の貧乏エピ②服も着まわし
服はお姉さんや他の人から譲り受けたものを着ていました。
衝撃的なのは、長袖服を春や夏になると袖を切って半袖にして、秋冬になると袖をくっつけて再び復活させて着ていたそう!
小さい頃はキャラクターものの靴が欲しくなるものですが、キャラクター入りの靴は高くつくため、無地の靴を買ってきてアンパンマンやドラえもんの絵を母親がマジックで描いてくれていました。
切ないですが、母親の愛を感じるエピソードですね!
かまいたち濱家の実家はボロボロだった
そんな極貧生活を送っていたかまいたち濱家さんの幼少期、住んでいた実家はこんなボロアパートでした。

大阪府東淀川区上新庄駅から徒歩20分ほどのところにある、築50年のお家です。
その後、高校時代まで住んでいたアパートも現在は空き巣になっていますが、かなりの築年数であることが外観から分かりますね。
現在の実家は、濱家さんの活躍もあり綺麗な2DKマンションになっています!
かまいたち濱家の実家の父親や母親はどんな人?

かまいたち濱家さんの生みの父親は、家に帰って来ず借金もしているようなひどい人だったわけですが、11歳の頃に母親は再婚しています。
血は繋がっていないながらも、育ての父親として大事に育てられました。
実家の父親と仲良し

濱家さんの育ての父親は、母親より6歳年下です。
サラリーマンで安定収入があったため、再婚してからは極度の貧乏生活からは抜け出すことができました。
今でも実家に帰っては父親と一緒に飲んだりと、とても仲良しです。
実家で親父と飲んでます。
親父にタバコもらって7年ぶりに吸いました。
凄いクラクラしました。
オカンが色々アテを作ってくれました。
ありがとう。
でも痛風やから明太子は食べれないよ。#いいね… https://t.co/acKgBmtpGs— かまいたち濱家 (@hamaitachi) 2016年7月12日
苦労した時期を乗り越えて今の生活があると思うと、ほっこりしますね。
実家の母親は美人

貧乏生活で苦労しながらも濱家さんやお姉さんを育て上げた母親はとても美人!
笑った感じが濱家さんとよく似てますよね。
濱家さんは賞レースで獲得した賞金を、今まで定期的にご両親にプレゼントしてきました。素敵な親孝行ですね…!